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熊谷朋哉/KUMAGAI TOmoya
SLOGAN

1974年福島県生まれ。編集者/プロデューサー/音楽評論家。1997年、大学卒業と同時に就職のつもりでパンクバンドとして活動開始、人生を大きく廻り道する。1999年、バンドメンバーとプロダクション(株)スローガンを設立。音楽や美術に関する文章を書きつつ、書籍の編集、広告プロデュース/ディレクション等に幅広く携わる。編著書に『YMO × SUKITA』『密室ミステリの迷宮』『デヴィッド・ボウイ・アーカイヴ』など多数。株式会社スローガン代表取締役。
http://www.slogan.co.jp


パンクさんと産婆さん

師走ですが、まだまだ「〜さん」はがんばります。今回はダブルで「さん」です。自分でもこう来るとは思いませんでした。

とはいえ、別にだじゃれ大会をしたいわけではないのです。今日のパンクさんはいつもと違い、本当にまじめ極まりないお話です。テストに出ます。

 

パンクさんといわれるパンクさんというか、つまり、「パンクさん」が生まれたのは、実は、70年代前半のニューヨークと言われています。

さらにその元祖としては、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドだとかドアーズとかイギー・ポップとかMC5だとか、アメリカ各都市の、ちょっとだけ激しい表現を持つバンドたちの名前が挙げられます。

そして、この全ての元祖パンクさんに関わった変人さんがいます。もともとはアンディ・ウォーホル周辺にいた「スーパースター」で、ダニー・フィールズさんという人です。

「スーパースター」とは、往時のウォーホルまわりの超かっこいい人を指すことばです、ちなみにこのダニーさんはイーディ・セジウィックの親友としても知られているので、知っている人は知っています(あたりまえか)。

下はNYの誇る変人カメラマンのダニーさんと日本の誇るロック・カメラマン、鋤田正義さんの貴重なツーショット写真です。

このダニーさんはエレクトラ・レコードのパブリシストとなり、ドアーズやらイギーやらMC5と関わりました。さらにはジャーナリストとして、ジョン・レノンの「オレらはキリストより有名だ」という発言を報道して大騒ぎを引き起こし、ビートルズからライヴの機会を奪いました。あとでポール・マッカートニーにそれを伝えて怒られたそうです。その後はラモーンズのマネージャーとなり、今では写真家/コラムニストとして活躍しています。

その足跡を辿るインタヴューがこちらにあります。
http://tomoyakumagai.jp/archives/danny-fields.html

 

申し上げたいことは、パンクさんの周りには、ダニーさんのような、その「場」や環境を用意する産婆さんとも言える存在が必ずいらっしゃるということです。

このダニーさんの他にも、ニューヨーク・ドールズやピストルズを仕掛けたマルコム・マクラーレンさん(昨年亡くなりました)、No New Yorkのマイケル・ジルカさんやディエゴ・コルテッツさんなど……。

個人的には、パンクさんそのものと同時に、彼らのようないわば産婆さんたちの功績にも光を当てていきたいと考えています。

もしかしたら、ことはパンクさんに限らないかもしれません。どんな動きにも実は、彼らのような産婆さんというか名伯楽がいる。

パンクさんは一日では成らず、というか、パンクさんは一人では立たず、です。

 


カテゴリー: パンクさん |